2011/11/25

季節外れの花たち

 天気も良かったので、庭の手入れ。といっても、枝を切るだけですが。梅、桃、木蓮、四手辛夷をパチパチ。



 庭では、季節外れの花たちも咲いています。アメリカスミレサイシン、ゼニバアオイ、コバノタツナミ、エイザンスミレ。



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2011/11/24

高崎自然の森(11/23)

 昨日(11/22)は、RBWCで毎年協力している馴芝小学校のバードウォッチングの授業のお手伝い。牛久水辺公園には、カンムリカイツブリなど水鳥も渡ってきていて楽しいひと時でした。子どもたちもスコープを覗いて、楽しそうでよかったです。



 今日は、高崎自然の森。天気も良く期待して出かけたのですが、9時から30分ほどは、なんと、ヒヨドリとハシブトガラスだけ。鳥たちはどこに行ったのでしょう。その後も、まったく出会えず、なんと野良ニワトリを発見。だんだん、何でもアリになっていたら、直径15cmほどもある大きなキノコをみつけました。調べては見たのですが、やはり不明。



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 その後、混群のシジュウカラ、メジロ、コゲラ、エナガを見てからは、結構、鳥たちに会うことができました。青空をのんびり舞うノスリ、田んぼの畔に群れるタヒバリ、今年初見のツグミなど、結局、26種でした。









2011/11/18

庭の花(11.17)

菊のほか、ツメレンゲ、クロッカス、ミセバヤが咲いています。



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庭の菊たち

庭では、キクが目立つようになりました。



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名前がわかるのは、ノコンギクとキクタニギクだけです。




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2011/11/14

里山の秋(2011.11.13)

 里山さわやか隊は、秋の収穫祭の場所づくりで、草刈。



 



 里山の田んぼは最後の稲刈りを終わって、オダカケ。ハザカケ、ハセカケなどというところもあるようですが、秋の風景です。



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道のチカラシバの朝露も、秋の風情です。



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2011/11/08

庭の花(11/7)

○ セキヤノアキチョウジが今年も何とか花をつけてくれました。



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○ サフランも顔をだしました。



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2011/11/01

桜川の漁と松塚めぐり【2011.10.16(日)】

 アースデイつくばのイベント 歩いて発見で桜川の漁と松塚めぐりに参加しました。  



・東福寺 



 出発前に、尼塚を見てきました。『つくばの昔ばなし』では、尼塚には平将門の娘滝夜盛姫(たきやもりひめ=如蔵尼)のお墓があり、そのお墓に使われたという石棺の石が東福寺に残っているそうですが、大きな石が幼稚園の入り口付近に置かれていました。
 尼塚には新しい卒塔婆も建てられており、現在もお詣りされているそうです。また、石棺の石はとても大きなもので、尼塚のところにも古墳があったと思われます。いずれにしても、相当な人物が祀られていたものなのでしょう。そういえば、橋本幸雄住職からは、松塚は、昔、古墳がたくさんあり、万塚といわれていたものが、松塚になったとのお話もありました。
 



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 これも後で、ご住職に伺ったところ、一般に、滝夜叉姫といわれるが、夜叉には良い意味がなく、ここでは滝夜盛姫と呼ばれているそうです。
 さて、東福寺は、正式には、作藏山延命院東福寺といい、真言宗豊山派の非常に格式の高いお寺でした。立派な楼門には、仁王像が安置してありましたが、これは、徳川家光が筑波山知足院に安置したものですが、明治初年の神仏分離の際に所縁のある東福寺に移されたものだそうで、桜川を筏に乗せて運んだので「流し仁王」ともいわれているそうです。
 



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(右が阿形像、左が吽形像ということになるのでしょう。)


 



 東福寺は、現在の栄公民館の付近で、三十三枚形(33反)の広い境内の中にあったものが、南北朝末に焼失し、その後、再建できず、東福尼寺があったといわれる現在の位置(それでも15反あるそうです)に移ったといいます。現在の楼門、本堂などは、二十世住職であった慧海(えかい)僧正が建立したものだそうです。  



 この立派な楼門には、一千貫もある梵鐘があったそうですが、戦中に供出されたそうです。見て見たかったですね。



 



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  本堂もつくりや格子天井が普通の寺院と異なっていましたが、中本山として末寺が64ヵ寺もあり、10万石の格式だったそうです。このため、土浦の土屋候が上京の際はわざわざ立ち寄っていったとのことでした。案内役の鈴木清次さんによると、字松塚には県道がないそうですが、門前の道もとても細かったので、ここを大名行例が通ったとは、なかなか信じられません。
 なお、将門所縁といわれるご本尊の延命地蔵尊は秘仏で8月24日だけ御開帳となるそうです。



 





 



2011_10_16_0012_edited1正面の柱の下には亀の彫り物。これも変わっています。


 



 ・桜川へ  



 まだまだ見どころがあるのですが、時間もなく、田んぼ中を、チョウゲンボウを見たり、オナモミのイガイガの実をつまんでみたりしながら桜川へ 



2011_10_16_0021洪水敷きではコスモスが満開


 



 さて、案内役の鈴木清次さんは、桜川漁業協同組合長、茨城県内水面漁業協同組合連合会会長、全国内水面漁業協同組合連合会理事などの肩書を持っている偉い人ですが、とても気さくな方でした。
 投網を打つと大きなフナ、モロコなどがかかり子どもたちは大歓声。しかけた網の中には、カワエビ(ナガエビ?)。
 桜川では、水産資源の確保のために、フナ、ワカサギ、アユの増殖事業を行っているそうですが、今日は、フナの稚魚の放流のお手伝い。50kgで7000匹ほど。バケツですくって次々と放してやりました。
 



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   今、一番厄介なのは、アメリカナマズだそうで、背びれや胸びれに鋭い骨があり、天敵がいないため、どんどん増えて、しかも、貪欲に小魚などを食べてしまうそうです。そのほかは、カワウだそうです。



 

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   この後、カワエビ、モロコなどを唐揚げにしていただきましたが、なんともおいしかったです。アメリカナマズも食べられるそうで、これも調理して、唐揚げにしていただきました。
 ここで、昼食にして、コスモス畑で記念写真を撮って次は、松塚古墳群です



 



・松塚古墳群 



 江戸時代の面影を残す集落のなかを通って、鹿島神社のところへ。
  そこには、姿をしっかりとどめている前方後円墳があり、大きなうろのあるケヤキや庚申さま(青面金剛)も祀られていました。鹿島神社も本殿に覆屋が作られており、中に、狛犬までいるのが珍しかったです。このほか、近隣の墓地の付近に前方後円墳が一基、竹藪の中に円墳が一基あるそうです。
 



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  最後に、東福寺に寄らしていただいて、おいしいお茶をいただきながら、まとめということになりましたが、子どもたちも、印象が強かったのか、積極的に感想を述べていました。 



 楽しい時間を過ごせました。東福寺のご住職、奥様、案内役をやってくださった鈴木さん、事務局の皆さんありがとうございました。